【重要】僕の心のコアにあるものは、発達障がい(トゥレット・ASD)でした #45

こんにちは、Vです。

このブログではお話してきませんでしたが、実は僕は2つの発達障がいを持っています。それが、「トゥレット症候群」と「ASD自閉症スペクトラム)」です。

ASDは割と有名になってきた発達障がいですが、トゥレット症候群は聴き馴染みのない人が多いと思いますので、軽く解説します。まず症状としてはチック症です。チック症とは、運動や音声が繰り返し不随意に出現する症状であり、単純性と複雑性に分けられます。主に4~11歳の幼少期に発症する事が多く、チック症自体は10人に1人の割合で経験するのですが、大体は運動性の単純チックのみであり、それが1年以内に収まります。ただ稀に、複数の運動性複雑チックと1つ以上の音声チックが1年以上続く場合があります。そこまで重症化すると、それは「トゥレット症候群」という難病指定の病気として診断されます。発達障がいでもありながら難病指定の病気という、結構難しい立ち位置の病であり、10,000人に5~10人が経験するという割と珍しい病でもあります。

僕は小3の頃にトゥレットを発症し、小4で最も重症化しました。一番ひどかった小4では「汚言症」が出てしまい、よく「バカ!バカ!」と繰り返し発音していました。その頃は学校も家もお出かけ先も、どこでも気が休まるところがなくて、本当に生き地獄のような辛さでした。症状が重かったのはその2年間で、小5ぐらいから徐々に寛解していき、小6の頃にはほとんど目立たなくなりました。ただトゥレットもASDと同様発達障がいの一種なので、完治するということはありません。なので今でも運動性の単純チックは複数持っています。けれども、周りから見たら「ん?癖かな?」と思う行動が人より少し多いだけの人に映っているでしょうし、日常生活に支障はきたしておりません。なので、大人になっても苦しんでいるトゥレット症候群の方のビデオとかを見ると、胸が引き裂かれそうな思いに駆られます。トゥレットは本当に辛いので、早く良くなってほしいなって願うばかりです。

さて、そんな僕は、やはり発達障がいが重要な一部分としてあるわけですから、親との関係でももちろんこれは大いに関係してくるわけです。ということで、今日はそんな話をしていきたいと思います。

 

結論:僕は愛されてはいたけど、理解はされなかった。親にはもっと理解するよう努力してほしかった…

結論、親は僕を見捨てたりはしませんでした。なので、毒親問題で度々議論される「愛着」については、僕は健全に発達していると思います。けれども、やはりトゥレット症候群が発症するぐらいの強いストレスはあったわけだし、それが重症化してしまったのも環境要因が大きいだろうし、あとはASDと判明してからも「お前は普通だと思うけどな?」と、両親ともにあんまりしっくり来ていないようだったし、そういう親としての対応は子供からすると「もっと理解してよ…理解するよう努力してよ…」と思うものばかりだった、というのが事実だと思います。

たしかに、トゥレットも遺伝による病気っちゃ病気なんですよね。発達障がいっていうぐらいなので、脳神経の病気なんです。なので、トゥレットの遺伝を持たない人に対していくら強いストレスを与えたところで、トゥレットは発症しません。そういう意味で、「トゥレットは親の育て方によるものではありません」と言われています。

しかし、トゥレットの発症起因は”強いストレス”であることがわかってきています。ということは、トゥレットの遺伝を持っていても、強いストレスが与えられなければ発症しない可能性だってあるわけです。このように、トゥレットは発見から100年以上経っているにも関わらず、未だに謎が多い難病です。ただし、小3の頃の僕に強いストレスをかけることができたのは、間違いなく両親なんですね。そういった意味では、僕は「トゥレットは遺伝×環境(つまり親の育て方)で発症するものだ」と思うんですよね。

まあ、強いストレスが何なのかっていうのは、今まで散々ブログ記事にしてきたことなので割愛します。端的に言うと、価値観や宗教観ですね。僕は小さい頃から、とある宗教団体で「Vちゃんはすごい」「Vちゃんは王子様の生まれ変わり」とずっと言われてきました。そうして育てられた僕は、いつしか「天使にならなければ」という期待を背負ってしまったのでしょう。幼稚園の時は、「みんなと仲良くしたい」という子だったそうです。これは実際は、みんなと仲良くしなきゃ、だったんでしょうね。でも僕は普通の人間なので、そりゃ無理がたたるわけですよね。そんな感じでどんどん追い詰められていき、小3の頃に爆発した、というのが僕の推理です。小さい頃の記憶は曖昧なので、どこまでいっても推理するしかないんですが、今のところこの推理が一番しっくり来ています。他にも、小2のときゲームボーイアドバンスがどうしても欲しくて、お母さんに「買って!」とお願いしたら、「じゃあ、今持っている64のソフトとゲーム機全部売ったらいいわよ」って言われたことも覚えています。理由は説明されたと思うんですけど、なんだか窮屈だな…と感じたのはすごい覚えています。そういう、両親の価値観に飲まれてしまったんでしょうね…。可愛そうなVちゃん…。

 

つまり、僕は「トゥレットは親のせい」と思っている、というわけです。この時点で、親とこうなる未来は確定していたのかもしれませんね。だってトゥレットが発症してしまったらもう遅いですからね。トゥレットが発症する前に、自分の行いが本当に正しいものなのか、それを両親には振り返ってほしかった…。だから僕は、「愚者は経験に学び賢者は歴史に学ぶ」という言葉が好きなのです。親は愚者、つまり経験からしか学ぶことができない人間なのです。僕は賢者になるために努力することが、この世で幸せに生きる唯一の方法だと思っています。少し話がそれましたが、トゥレットが発症してしまった時点で、もう親との絆はぐちゃぐちゃだったのかもしれませんね。

 

そこから時は経ち、僕はトゥレットが収まってからも生きづらさを感じていました。僕はトゥレットのせいで小3~中3までは本当に辛い人生だったので、その経験がトラウマみたいになって生きづらさにつながっているとずっと信じていました。ただ、そうとも言えなくなってきたのです。なんだか心がモヤモヤするような感覚…。昔のトラウマもあるとは思うけど、それだけでは説明できないような感覚。それを強烈に覚え始めたのが、高校3年生ごろでした。

なので、高校3年生からは、また別の地獄が始まりました。大学も本当に辛かったですね。もちろん楽しいこともあったんですけど、いやー、戻りたくはないですね。唯一戻りたいのは高校1年生~高校2年生の初めの頃ぐらいですかね。あの頃が僕の唯一の青春でした。まあ、そんなこんなで僕は大学を卒業して社会人として働き始めるわけですが、1つめの仕事で生きづらさがピークに達するんですね。そこでちゃんと病院に行って、WAIS-Ⅲという検査を受けた結果、軽度のASDであることが判明するわけです。

当時、「僕はASDに違いない!」と強く信じて受けた結果、33点以上でASDのところ僕の点数が33点とギリギリでした。なので最近では、「まああの頃に受けたからASDってなったけど、やっぱりASDじゃないんじゃね?」みたいに考えちゃっていました。けれども、こういうのはちゃんと事実を見たほうがいいです。どんな言い訳をしようが、僕は一度ASDと正式にお医者さんから診断されているのです。これは曲げられない事実なのです。

そういう事実があるのにもかかわらず、医者にコンプレックスを抱いている親父は「ん~、でもお前は普通だと思うぞ?俺もASDだったりして笑」みたいに茶化してきました。親としてこのスタンスは間違っていると思います。ましてや僕は、トゥレット症候群という発達障がいを経験しています。そういう子に対し、ものすごくデリカシーのない発言で、親父の勉強不足・努力不足が伺えますよね。一方で母親も、たとえば僕に対し「でも、みんなそんなもんなんじゃない?」とか、”みんな”とか”ふつうは”とか、そういう言葉を使います。それはASDのことを理解している人だったら、絶対に言わない言葉です。僕の親は結局、僕が発達障がいであることを全然理解していないわけで、結局は今自分がある程度幸せであればそれでいいんです。子供のことはその程度にしか考えることができないんです。

 

僕は、たしかに、愛されはしました。けれども、理解は一切されてきませんでした。そのおかげで本当に辛い人生でした。誰か一人でも真の理解者がいたらよかったなぁ…。けれども、悲しいかな、これが現実です。一番理解してほしかった親はこのザマ。これが受け止めなければならない事実なのです。だから僕は、親と縁を切らなきゃいけないと思うんです。今はそういう結論に落ち着いています。これがはてぶ#44 で書いた、重要な気づきの概要です。

 

親も被害者。親と縁を切ることは、親を救うことでもある。

これまでずっと、縁を切ることをあたかも「悪いこと」のように扱ってきましたが、本当にそうでしょうか?もしかしたら、縁を切るというのは、実は僕らのケースにおいては前向きな選択なのかもしれません。というのも、親も僕と同じように被害者だからです。よく考えてみたら、親だって「発達障がいを持った子が生まれてほしい」なんて一ミリも思っていないんです。それなのにトゥレットとASDを持った子が生まれてしまった。それが僕なんです。子は親を選べませんが、親もまた子を選ぶことはできません。もし僕がトゥレットとASDを持っていなかったら、ここまで親子関係が泥沼化していなかったでしょう。そういうことを考えると、親もまた被害者と言えるのかもしれません。

ただ、その理屈はあくまで客観視点の理屈であり、当事者である子供は到底受け入れられません。というか、受け入れるべきではないと思っています。そういう理不尽を受け入れようとしても、結局受け止めきれず、共依存の関係を築くしかなくなってしまいます。人間の強さってその程度だと思うんです。だから、こうして考えると、僕に残された道は

  • 親と縁を切って、完全に自立して生きていく
  • 親と縁を切らずに、親が死ぬまで共依存の関係で生きていく

この二択と言えます。こう冷静にまとめてみると、縁を切らない方が親も僕も不幸になるよな~って思うんですよね。実際親が僕に求めるものって、「幸せに生きること」なんですよ。それは6.25の直接対決でも親父・お袋二人から確認できましたし、生物の本能上当然の結果です。だから、そもそも親が死ぬまで縁を切らないことのほうが、どちらかというと生物的にはおかしいともいえますよね?ライオンとかは子供を崖から突き落としてでも自立させるんですからね。

 

まあ、これらの理屈は、今身近に感じている絶縁というものを正当化しているだけかもしれません。でも、筋は通っています。十分に理解できる考え方です。縁を切ることで僕も親も幸せになれるのであれば、それが大好きな親父・お袋に対する、僕ができる最大限の恩返しなのではないでしょうか?縁を切ることでしか混じり合えない関係なら、そうせざるをえないし、その現実を見ないようにして依存関係を続けていくよりかは、ずっと健全な選択だと思います。

 

いざ絶縁する時は、この話をそのまんま親父とお袋に、もう一度話してみようと思います。喧嘩別れじゃなくて、そういう素敵な縁切りがあるかもしれませんからね。それで

お互い幸せに生きていけるのであれば、これ以上いいことはないじゃないですか。なんか、絶縁とか怖いこと書いているのに、書いててとても幸せな気分になってきました。そうか…これが僕のやりたかったことなのかもしれませんね。僕はずっと、「お父さん、お母さん、こんな風に生まれてしまって本当にごめんなさい」っていう感情がありました。それは、いうなれば、トゥレットやASDを持った厄介な息子でごめんなさい、っていうことです。それを認めることができなかったから、今までこんなにも辛かったのかもしれませんね。どちらにせよ、親父とお袋と縁を切る時は、そういう素敵な話し合いのもとに縁を切りたいって、今強く思いました。「これ以上親父とお袋を傷つけないために、縁を切ろう」っていう感じで。まあ、この話し合いに応じない可能性はあるので、それはそれとして割り切ります。そんな感じで、とりあえずこの話題については以上です。

 

追記(22.06.29):素敵な縁切りというのは、あくまで俺目線の話であって、両者納得するのは無理かもね…

ここは少し考え直しました。というのも、縁切りを理解してくれるとは、やはり到底思えないんですよね。どこまでいっても、実際縁を切るってなったら、俺に対して怒りを持つと思うんですよね。てか、そういう親だから、ここまで毒親問題が発展してしまっているんだと思います。

親父は「言い方を気をつけろ」みたいな感じで内容よりも礼儀とかを重んじるタイプですし、お袋は「なんでもはっきりさせなきゃダメなの?」みたいな感じで曖昧を好むタイプです。そういう親に対して、いくらこの縁切りが素敵なものであるかを力説したところで、理解はしてもらえないと思います。別に理解されなくても、俺も親もお互いが自立して幸せに生きていけるのであれば、それでいいじゃないですか。ということで、そこは腹をくくることにしましょう。追記は以上です。

 

トゥレット症候群の情報参考元はこちら&栄養療法について

さて、今回自分の病気であるトゥレット症候群についてより深く知るために、実は意外と調べたことなかったな~と思い、色んなブログ記事やYouTubeを読み漁りました。本当はGoogle Scholarなどでちゃんとした論文を調べるべきだと思うのですが、難しくてちょっとよくわからないですし、時間もかかりそうなので、それはこれからの課題とさせてください。まあとにかく、色んな情報を参考にさせていただいたので、コメントとともに記載しておきたいと思います。

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はい、こんな感じです。一番下の栄養については、今気になったので調べたものを記載しました。栄養療法、マジで取り組んでみようかな…。心理は結構取り組んでるから、あとやるとしたら栄養だよね。絶対効果あると思うしなぁ。でも高いんだよなぁ笑。

 

ちょっと関係ない話だけど、僕は自分の異常性癖にも飽き飽きしているんですよね。さすがにここで性癖を発表するのは無理ですけど、だいぶ異常です(犯罪につながるものではありません)。でもそれでしか興奮できないし、仕方ないじゃないですか。なんか、異常性癖とかも発達障がいみたいなもんで、自分で変えられないから、自分の一部と認めて付き合っていくしかないんですよね。はぁ…なんでこんなに枷が多いんだ。マジで前世、極悪人だったということで諦めるしかなさそうですね笑。

でも、もしかしたら栄養療法で発達障がいも異常性癖も改善するかもしれないですよね。はもしょうさんも「栄養はめっちゃ大事。栄養であらゆる問題が解決できる」って仰っていますからね。金かかるけど、ちょっと本格的に検討してみようと思います。

supplement.reiki-de-kirei.com

 

まずは安く、始めてみよう。まさか「栄養療法を始める」という結論に帰着するとは思いもしませんでした笑。でも、いいですね。こういう前向きな結論って、考え抜かないと出てこないから。さて、ではちょっと栄養療法について調べてみようと思います。では、また次の記事でお会いしましょう。